大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和61年(ネ)9号 判決

控訴人

脇山建設研究所こと

脇山国利

右訴訟代理人弁護士

豊沢秀行

被控訴人

山本尚司

右訴訟代理人弁護士

村上興吉

伊藤祐二

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、当審記録中の証人等目録を追加するほかは、原判決事実摘示中控訴人に関する部分の記載と同一であるから、これを引用する。

理由

一請求原因1ないし4の事実についての当裁判所の認定判断は、原判決の理由第一、二、1、2及び3に判示するところ(原判決一一枚目裏六行目から一二枚目表一二行目まで。)と同一(但し、原判決一二枚目表九行目の「(第四号証には一ないし五がある)」の次に「(但し、甲第五号証が本件建物を撮影した写真であることは当事者間に争いがない。)」を加え、同一二行目の「雨漏りの点は」を「請求原因4(一)の事実及び4(二)の事実中、被告内門が数度にわたつて本件建物の補修工事をなしたこと、昭和五三年に控訴人の提案によつて本件建物の屋根にトタンを張るという補修工事がなされたことは」と改める。)であるから、これを引用する。

二本件建物の雨漏りの原因についての当裁判所の認定判断は、原判決理由第一、二、4(原判決一二枚目裏一行目から一三枚目裏三行目まで。)記載のとおり(但し、原判決一二枚目裏二行目から三行目にかけての「成立に争いのない」を「原審証人山口国彦の証言により成立の真正を認め得る」と、同一三枚目表六行目の「その結果、庇が垂れ下がり、」を「右①の施工上の過誤の結果、持ち出し梁の取り付け部分が、庇自体の重量に耐えかねて折れ曲がり、庇が垂れ下がつて傾き、このため、」と各改め、九行目の「エキスパンションジョイント」の前に「右②の」を加え、一〇行目の「樋の接合部分」を「軒樋の樋と屋根材との接合部分」と改め、一二行目の「さらに、」の次に「右③の」を加える。)であるから、これを引用する。

三そこで、控訴人の債務不履行責任の有無について判断する。

1 一般に、建築工事の設計監理契約に基づき建築士が負担する債務は、法令又は条例の定める建築物に関する基準に適合するような設計を行なう(建築士法一八条二項)とともに、当事者間で特段の取り決めがなされていないかぎり、工事を設計図書と照合し、それが設計図書のとおりに実施されているかどうかを確認し(同法二条六項)、工事が設計図書のとおりに実施されていないと認めるときは、直ちに工事施工者に注意を与え、工事施行者がこれに従わないときは、その旨を建築主に報告する(同法一八条三項)ことを内容とするものと解すべきである。そして、本件設計監理契約において、右特段の取り決めがなされた旨の主張、立証はない。

2  被控訴人は、先づ、控訴人の本件建物の設計に瑕疵があつたとして、請求原因5(一)(二)のとおり縷縷主張するけれども、右主張に副う〈証拠〉は、〈証拠〉に照らしてたやすく措信し難く、他に被控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

3 次に、右工事監理契約(準委任契約)に基づく控訴人の債務不履行責任の有無について判断する。

(一)  〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 本件請負契約(請負代金一五〇〇万円)が締結される前に、一旦は、被控訴人と控訴人との協議のうえ、設計監理者である控訴人が納得のゆく見積価額(一八〇〇万円)を提示し、かつ、信頼関係のある別の業者を選定していたところ、被控訴人が突然、被控訴人の取引銀行からの要請に応ぜざるをえないとして、一審相被告内門(以下、単に「内門」という。)を工事請負人としたい旨控訴人に事後的に了解を求めてきたので、控訴人としては、右内門につき請負価格が安すぎる点及び信頼関係の点で不安があり、必ずしも納得できなかつたものの、やむなくこれを了解した。

(2) 控訴人は、被控訴人から本件設計監理契約に基づき、報酬として金一〇〇万円の支払を受け、本件工事現場に週一、二回位いの割合で赴き、工事監理をしていたが、前示①のとおり、本件建物の棟上時に、内門が庇の持ち出し梁に本件設計(設計図書には、軽量鉄骨を使用すべき旨の記載がある。)と異なる重量鉄骨(H型鋼)を使用していることに気付き、内門の現場責任者に是正するよう指示したが、これが容れられなかつたため、被控訴人に対し、その旨を告知したところ、かえつて被控訴人は、内門からの求めに応じてH型鋼の使用を承諾し、控訴人の右進言を聞き入れなかつた。

(3) 内門は、その後も事前に設計監理者である控訴人の了解を得ずに前示②のとおり、樋のジョイント部分にエキスパンションジョイントを使用せず、また、前示③のとおりシングルの貼り付けの防水工事の際に、のり付けと釘打ちとを一部併用するなど、設計図書に反する粗雑な施工をなしたが、控訴人は、内門の右②、③の工事ミスを看過した結果、いずれもその旨を被控訴人に報告せず、そして、本件建築工事の竣工検査に立ち合つたうえ、右工事の引渡を容認した。

以上の事実が認められ、右認定に反する原審控訴本人の供述部分は前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 以上認定の事実によれば、控訴人の監理契約に基づく債務不履行(報告義務違反)としては、内門の前示①ないし③の施行ミスのうち、控訴人が報告義務を尽くしたことが認められる前示①の重量鉄骨使用の点を除いて、②のエキスパンションジョイントの不使用並びに③の釘打ちを一部併用した点につき報告していないことが一応問題となる。

しかしながら、〈証拠〉によれば、右②は、雨樋の接ぎ方として常識を無視した工法であり、③も防水工事としては常識外れの不完全な工法であつて、しかも工事現場に常駐していない控訴人側において、容易に発見することが困難な工事部分における瑕疵であることが認められること、本件工事の請負業者選定にあたり、控訴人は、見積価格や施工能力を充分吟味する機会のないまま、被控訴人により予算等の関係から、内門が一方的に選定されたものであること、控訴人は右①の施工ミスを指摘して被控訴人に報告し、右工事の是正方を警告したにも拘らず、被控訴人においてこれを無視して設計図書に反する右工事を許諾し、そして、このことが本件雨漏りを生ぜしめた重要な原因をなすものと考えられること、②については、本件工事完成後、間もなく、控訴人が雨漏りの原因調査をした際にこれを発見し、内門に対して手直しを要求したが、同人は工事費が赤字であることを理由に拒んだこと、さきに述べた本件請負業者選定に至つた経緯に、前記①の施工ミスにつき、被控訴人が控訴人の報告を無視したこと、及びその後も予算面を重視して手直し工事に消極的な被控訴人の態度をあわせ考えると、被控訴人は、仮に右②③の工事ミスについて控訴人から報告を受けたとしても、右①の場合と同様に、これを無視する態度に出たであろうことが容易に推認されること、また、内門が犯した前示①ないし③の施工ミスの結果に伴なう不利益は、かかる粗雑な施工を行なつた業者を選定した被控訴人の責任として、被控訴人においてこれを甘受すべきものであつて、これを控訴人に転嫁することは衡平に反し妥当でないこと、以上の諸事情を総合勘案すると、本件事案のもとでは、控訴人において右①の報告義務を尽くした以上、その後に生じた内門の右②③程度の施行ミスについては、信義則上、これを報告しなかつたことをもつて、直ちに本件監理契約に基づく債務不履行を構成するとはいえない、というべきである。

してみれば、さらに控訴人の抗弁について判断するまでもなく、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は理由がないというべきである。

四よつて、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は理由がなく、これを一部認容した原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人の敗訴部分を取り消し、被控訴人の控訴人に対する請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官高石博良 裁判官堂薗守正 裁判官松村雅司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例